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熊谷簡易裁判所 昭和43年(ろ)78号 判決 1969年4月14日

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は、

被告人は、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四三年一一月一日午前五時一〇分頃、埼玉県本庄市宮本町二、一九九番地先附近道路において、第一種原動機付自転車(本庄市A五七六〇号)を運転したものである。

というのである。

よって審理判断するに、被告人の当公判廷における供述、司法巡査安藤琴治作成の昭和四三年一二月一九日付「道路交通法違反(無免許)被疑事件の現認について」と題する報告書並びに同年一一月一日付捜査報告書、被告人作成の供述書によれば、被告人が公訴事実記載の日時場所において、同記載の第一種原動機付自転車を運転した事実は明らかにこれを認めることができ、更に≪証拠省略≫を綜合すると、被告人は昭和四三年一〇月一八日埼玉県公安委員会に対し原動機付自転車運転免許の申請をし、同委員会が同日上里中学体育館に出張して行った同運転免許試験を受験して合格し、右合格は当日右同所で知らされたこと、その後同公安委員会の職員は直ちに上司の決裁を得、更に道路交通法第九〇条の拒否条項の該当の有無を調査したうえ運転免許証の作成にとりかかり、同月三〇日、運転免許証の免許証交付年月日欄に昭和四三年一〇月三〇日と記載のうえ、即日これを埼玉県警本部に持参して申請人の住居地を管轄する警察署に逓送することを依頼したこと、右運転免許証は翌三一日被告人の住居地を管轄する本庄警察署に逓送され、その後本庄警察署では署長命令により右免許証にもとずき免許証台帳の副本の作成をし、更に上里村役場に出張して申請人に伝達しようとしたため、役場の会場の都合もあって、結局被告人が免許証を受領したのは同年一一月一三日であったこと等を認めることができる。

しかして、検察官は、道路交通法第八四条第一項、第九二条第一項は「自動車及び原動機付自転車を運転しようとする者は、公安委員会の運転免許を受けなければならない。」、「免許は、運転免許証を交付して行なう。」と規定し、運転免許の効力は免許証が申請人に交付されたときに発生することを定めているが、右の免許証の交付とは免許申請人が現実に免許証を受領した日、即ち被告人にあっては昭和四三年一一月一三日であって、免許証の交付日欄に記載される日、即ち被告人にあっては同年一〇月三〇日ではない旨主張し、青木証言によれば警察における同法条の行政取扱もこれと同一であることが認められる。しかし、他面免許証の有効期限につき同法第九二条第三項は、「免許証の有効期間は、当該免許証の交付を受けた日から起算して三年とする。」と規定し、道路交通法施行規則第一九条によれば、右有効期日は予かじめ免許証の有効期限欄に記載されるのであるが、青木証言によれば公安委員会では右期間を免許申請人が免許証を現実に受領した日からではなく、免許証に記載された交付日から起算して三年間とする取扱いをしており、被告人の免許証には昭和四六年一〇月二九日と記載されていること、また同法第九三条第一項、第二項によれば運転免許証には免許年月日が記載されるが、右免許日は運転免許証の再交付の際、再交付の日を交付日として交付日欄に記載する関係上免許関係を明白にするため記載されるものと解されるところ、大久保証言によれば、警察においては、右記載にあたり免許証の第一回目交付の際に免許証に記載された交付日をそのまま免許日として記載する取扱がなされ免許申請人が免許証を現実に受領した日が記載されるものでないこと、また同証言によれば、運転免許証が申請人に現実に交付された日はわずかに警察署に保管される運転免許証交付手数料納入書に記入される納入年月日により知り得るのみで、右年月日は公安委員会には通知されないこと(仮りに現実に受領した日が免許の効力発生の日とすれば、その日は本来県公安委員会の保管する免許台帳等正式の記録に残さるべきものである。)等の事実を認めることができるのであって、右に認定される警察における各取扱は、いずれも道路交通法第九二条第一項に規定する運転免許の効力発生日を免許証記載の交付日とすることを前提としており、前記の運転免許の効力発生の日を申請人が免許証を現実に受領した日とする解釈とは極めて矛盾するもので、そのため、被告人主張のとおり免許証の有効期間が道路交通法に定める三年間より短かくなるという不合理な結果を来すことになっていることを認めることができる。

よって以下運転免許の効力は免許証に記載された交付日に発生するのか、現実に免許申請人が運転免許証を受領した時に発生するのか検討する。

検察官は右の点につき、運転免許証に記載される交付日とは公安委員会が免許証を交付することを決定した日を表示するもので運転免許の効力発生の日ではない旨主張する。しかし、同法第九三条第一項により免許証に記載を要求される交付日とはその記載の目的が運転免許の効力発生に係る日を免許証上明白にする趣旨と解され、また前認定のとおり免許証を交付する旨の決済は合格後間もなくなされるので、検察官主張の如く公安委員会が免許証を交付することを決定した日と認むべき余地はなく、かえって前認定のとおり、公安委員会は右交付日欄に免許証が公安委員会の手を最終的に離れる日を記載しており、被告人の場合も交付日として記載された昭和四三年一〇月三〇日に免許証は公安委員会の手を離れ、逓送のため県警本部に渡されたことが認められるのであって、以上に認められる免許証に記載される交付日の意義と公安委員会の取扱を綜合すると、免許証に記載される交付日とはむしろ公安委員会が免許証の交付行為をした日を記載したもので、その後の警察の取扱は公安委員会のなした交付行為を承けて、これを申請人に伝達する行為と見るのが相当である。

ところで、道路交通法第九二条第一項は、前記のとおり「運転免許は免許証を交付して行う。」と規定し、運転免許が免許証の交付という公証行為を要件とすることを定めているが、右規定は公安委員会における交付行為のみを規定し、これが申請人に到達することを要するか否かは規定せず、その他同法には免許の効力発生に関する特別規定は何等存しないのであって、他面、公安委員会の行う運転免許は行政上の警察許可の一種と認められるところ、本来警察許可は行政上の単独行為であって許可の意思表示が有効に成立するためには必ずしも当該意思表示が許可申請人に到達することを要件とするものではなく、このことは人命に係る点で運転免許と何ら逕庭のない医師の資格発生時について医師法第六条第一項が「免許は、医籍に登録することによってこれをなす。」と定めている点と彼此考量しても右の如く解するのが相当であること、また、一旦、運転免許を受けた者は、免許証を紛失しても運転免許を失うことはなく、免許証を携帯しなくとも運転行為自体が禁止されるものではないことより、運転免許証は単なる公証文書にすぎないことが認められること、道路交通法第一一二条第一項によれば免許証の交付を受けようとする者は免許証交付手数料を支払わねばならないが、これは免許証作成の費用を負担する目的で支払われるもので、運転免許の対価として支払われるものではないこと、また仮りに運転免許の効力発生時を免許証を現実に申請人が受領したときとすると多数申請人の免許の効力発生日が区々になり、大量一括処理を目的とする免許行政に多大の混乱を生じさせるおそれがあること等を合わせ考慮すれば、運転免許は公安委員会における交付行為がなされたとき、即ち免許証に交付日として記載された日に有効に成立するものと解するのが相当といわねばならない。

なお、検察官はもし現実に運転免許証の交付を受けないで運転資格があるとすると、右該当者が自動車を運転しても無免許運転の罪は勿論、免許証不携帯罪(道路交通法第九五条)にも問われることがなく、全然処罰を免れるという不合理な結果を招来する旨主張するのであるが、≪証拠省略≫によれば、警視庁における取扱は、公安委員会が直接申請人に免許証を示達するため免許証上の交付日と現実に免許証を受領する日は同一であり、浦和警察署における取扱は、埼玉県警本部より逓送を受けると直ちに申請人に交付するため、免許証上の交付日と現実に免許証を受領する日とは極めて接着していることを認めることができるのであって、以上によれば検察官主張のような不合理な結果は警察の行政努力により容易に回避し得ることは明らかであり、警察においてかかる努力を怠り、その不利益を一方的に申請人に負担させるのは不当であるといわねばならない。

結局、被告人は本件公訴事実記載の日時には既に原動機付自転車の運転免許を得ていたことになるので、被告人主張の憲法違反の点について判断するまでもなく、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法第三三六条により被告人に対し無罪を言渡すことにする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 木下重康)

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